ひつじとハンモック

=30代OLひとりぐらしの日常=

鍼灸治療をしたら、依存の原因がつかめた気がした

体の不調がまったくとれなくて困っていたところ、友人に鍼治療を勧められたので行ってきました。鍼治療、人生初です。どきどき。

 

数年前、婦人科検診で酷い目にあってから、男性医師に嫌悪感があって。
まぁ女性医師も女性医師でビジネス感満載の人が多くて困る時もあるのですが…。
知らない男性に触られるのが基本的に好きじゃないので、病院選びに困っていたところ、知人が女性鍼灸師の方を紹介してくださったのです。嬉しかった。

 

治療中なぜか涙が止まらなくなり、鼻水も止まらないしで戸惑っていたら「筋肉の緊張がほぐれるからなのか、泣き出したり怒り出したりする人はたまにいるんですよ」とおっしゃっていました。

 

後日調べたところ、大阪の鍼灸院のサイトにこんなことが書かれていました。 

まれにではありますが、治療中や治療後に訳もなく涙が出てきたり、場合によっては遠い過去の記憶が、感情を伴ってよみがえってくる方がおられます。 肉体に鍼をすることで、閉ざされた「気」が動き出し、流れ始めることによって過去の感情や記憶が意識上に現れ、そして開放されると言うプロセスが始まるのです。記憶が出てこなくても、理由なく泣けてきたり、怒りがこみ上げてくるという方は、数え上げればきりがありません。肉体と心と魂は重複し、連続している存在なのです。

 

まさにこういう感覚だったんです。
悲しいこと(例の彼のことですね)を考えていたわけではなかったのに、涙がとまらなくなって、「むかし辛いことがあったときに体を固くしてしまって、それがいまもクセとして残っているのが、筋肉がほぐれることで表にでてきたのではないか」というようなことを言われました。

 

そのときに浮かんだのは、遠いむかしの記憶でした。
学生時代、自分勝手で人の気持ちを考えられなかった(ということに気付かなかった)のが原因で、ある日を境に友達が誰もいなくなってしまったことがあるんですね。
卒業までどうやって過ごしたのかあんまり覚えていないのですが、泣いたりしなかったなーという記憶はあります。だから、その時に力を入れて耐えることを覚えたのかもしれません。

 

あの時に、わたしは自分を殺したんだと思います。自我というものを。
以来、わたしは相手に合わせるようにして、謙虚でいるようにして、思ったことを口に出さないようになりました。
そうしたら、友達ができるようになりました。大切な友達がたくさんできた。

 

その時に覚えたのでしょう。
相手に合わせれば友達ができるし、トラブルにならないということを。
そうしてどんどん私は相手に依存してしまうようになったのかもしれない。

そしてその依存から抜けられないのは、学生時代のあの日に戻りたくないという恐怖感のようなものがあるからなのかもしれない。

 

でも果たしてそれでいいんだろうか。
今の状態のままでいると、私はまた、同じことを繰り返してしまうんじゃないか。

 

ちょっと余談になりますが、
年上の友達には「ひつじちゃんって妹みたい」と言われることが多かったです。
それって都合のいい人っていうか、自分の思い通りに動く人みたいな意味だったのかなと今では思います。よく呼び出されてたなぁ。ちなみに、その人達とは疎遠になったり、私が耐え切れなくてサヨナラしたりしてます。

 

先日サヨナラした彼も、同じだったのかもしれない。都合のいい人。
彼にはたまに相談のようなものをされて、意見を言うと、ほかの人と違うとよく言われていました。褒め言葉的な意味で。
でも友達に「それってサンプルのひとりだったんじゃない?」と言われて、ああその可能性もあるなと思ったりもしている。

 

いまの自分って、周りの人にとっては「ここに遊びに行きたいけど、Aさんはあの場所苦手だし、Bさんは人の多いところ苦手だし、誘える人いないなー。あ、ひつじちゃんならなんでも行くって言ってくれそう」みたいな、あらゆる選択肢を排除した先にある便利な人みたいなものだったんだなーと思うときがある。もちろんそうじゃない友達もいますが。

 

でも、自分を殺して相手に合わせてつなぎ止めるという行為は、もうやめる時期がきたのではないかと思う。過去にも我慢して合わせて、耐え切れずサヨナラした人はいるわけですし、たぶん、このまま依存体質でいると、繰り返してしまう。

 

私は私に向き合うべきなのだ。
でもどうやればいいんだろう。15年以上自分を殺してきた私の中に、一体何があるというんだろう。